余白のない私たちへ

気づくと、溜池山王駅の事務室で、横になっていた。
喉の閉塞感と胸の苦しさのあまり、改札を出られなくなった。

以前、休職をした際に、同様の経験をしていて、喉の閉塞感の原因は、ストレス・過労によるヒステリー球であることは分かっていた。

ただ、電車に乗っている時からあまりにも苦しく、全てを投げ出すしか選択肢はなかった。



駅の事務室に入り、横になっても良いかと尋ねた。

「救急車を呼びますか?」

駅員さんが、慣れた口調で心配そうに聞いてくる。

「いったん、大丈夫です」


救護ブースのベッドに横たわりながら、会社に連絡をする。
それから、私は10日間の休養に入った。



8時に家を出て、9時に始業、24時まで、昼休みの時間も取れず、働き続ける。

頭をフル回転させながら、社内外とコミュニケーションをとり、迅速かつ適切に課題を洗い出し解消していく。
メンバーが効率よく稼働できるように指示・依頼を行い、必要に応じて、お客様と合意を取りながら、業務を進行する。
負の遺産に直面したときは、誠実に対応し、真摯に尻を拭っていく。

ちょっとした時間ができてもご飯を食べる気持ちにはならない。
オーバーヒート寸前の脳味噌と、集中によって熱を帯びた身体中の血管を、コーヒーでクールダウンするので精一杯だ。


終電には間に合うように駅まで走り、家に帰る。


家に帰るとホッとするのか、ご飯を食べられる。

YouTubeを見ながらご飯を食べる。

シャワーから上がったら、すっかり2時だ。

倒れるようにベッドへ入る。


あまりにも体調が悪いので、土曜日は定時で終わる。

ベランダで育てている植物は今にも枯れそうだ。

スマホの検索履歴は、「仕事 過労 倒れ方」「失神 ストレス 方法」なんていう馬鹿げたワードでいっぱいだった。



そんな日々が1ヶ月以上続いていた。

今までの成果を買ってもらって、大変なプロジェクトにアサインされた。
なんとか完了までもう少し、もう少しと全力を出し続けていたが、度重なる延期で性根尽き果てた。

メンタルはとっくに終わっていたが、最終的には身体の方にガタがきた。

一度、休職をした経験があるから、危険な状態が続いていることは認識していた。
だが、組織として厳しい局面であったので、上長と密なコミュニケーションを取りながら、このプロジェクトは私がやり切るしかなかった。


だが、やりきれなかった。




このような毎日を送る中でも、毎週日曜日の10時から16時でグラフィックデザインの学校に通った。

8ヶ月間のコースで、課題は大変だったが、なんとか3月13日に卒業を迎えた。

授業は15名前後のゼミ形式で行われ、Adobeソフトウェアの基本から、実践的なクライアントワークを想定した名刺・リーフレット・ポスター・パッケージの作成、ブランディングの構築など、グラフィックデザインにまつわる講座・課題・プレゼン・講評を修了した。

一緒に授業を乗り越えてきた生徒は、社会人が大半で、大学とのダブルスクールの方が何名かという構成だった。
男女比は九割九分が女性で、少し肩身が狭い気もしたが、皆さん社交的でデザインに情熱があり、とても刺激をもらった。

勝手に肩身が狭いと感じていただけなので、今となってはもう少しコミュニケーションを取りたかったなと思う。
ご時世柄、打ち上げもなかったので、授業外での交流ができなかったなと言い訳してみる。
急に食事に誘うのも変ですしね。

卒業後、仕事であれ、趣味であれ、皆さんがどんな作品を生み出していくのかが非常に楽しみで気になる。

どこかで見かけられることを祈る。


私の話に戻すと、クライアントワークや生業としてのデザインは、今の仕事と比べると向いていないのではと感じていた。
それよりも、身につけたデザイン力を生かして、何か面白いことをしたいと在学中から考えていた。

そして、その力をどこかで活かせないかと、2021年の終わりごろ、大学時代の友人である久保田と西野に声をかけ、与白の活動をスタートした。


彼らとは、大学のサークルでライブ企画を行っていた。

活動内容は、下北沢や新宿のライブハウスを抑え、アーティストをブッキングし、チケットをお客様に買ってもらって、最高の1日を作る、である。
週次で大学構内の学生会館に集まり、ブッキングの状況確認やフライヤーの制作、コンセプトを話し合った。

MTG後は行きつけの居酒屋に行く。最近観たバンドが最高だったとか、あのバンドの新譜が良いとか、終電までよく話が尽きないなってくらい話をしていた。


大学を卒業してから3年も経つものだから、彼らだけでなく、サークルの友人とは疎遠気味になっていた。
マンボウだかなんだかの切れ目に、久々に酒でも呑もうと、市ヶ谷のビアバーに集まった。


そこで私は、「何かしたい」という話をした。


抽象的な誘いに、二人は即OKを出し、彼らが日々考えていることを話してくれた。



活動のコンセプトとして決まったのが、「私たちの生活に余白を与える」だ。

コンセプトの味噌は、「私たちの生活」であるということだ。

与白の活動を通して、皆さんの生活に余白を与えることだけが願いではない。

「私たち」には、もちろん皆さんも含まれているが、私たち(山田・久保田・西野)自身の生活に余白が増えることもまた、目指している。


実際に、コンセプトの会議、ビジュアルの作成、ビールづくり、それらの時間はとても尊く、冒頭の生活を繰り返していては得られない時間であった。

休みたい気持ちを差し置いて、没頭してしまう。とても楽しい。

そろそろビールのお披露目ができる。
今後やる予定の企画も、面白そうなものがどんどん出てきている。
本当に楽しみだ。


混沌とした生活のなかに、少しでも余白を持たせていきたい。
ポッカリとした空虚ではなく、自分にある何かを引き立てる余白である。

余白を作り出すのは、デザインの基本である。
輝かせたいコンテンツの周辺には、余白が必要だ。
人生にも余白がなくては、窮屈に崩れてしまう。


どうかこれからの活動も面白がって見てほしい。
面白そうだと思ったら、遠慮なく参加してみてほしい。

集まるのが難しく息苦しいご時世だが、皆さんと久しぶりに遊べるのを楽しみにしている。
新しい友達ができたら、それも嬉しい。


皆さんと一緒に、色々な形の余白をつくっていきたい。

text by 山田祐基